adres Side Story 


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R1.3
第四章 アドレス・エピソード

こちらでは、adresに関するエピソードを取り上げてみます。




1, adres book

東芝のオーディオ営業部は、adresの啓蒙のためにadres bookという小冊子ガイドを作成していました。
内容は、adresの動作原理から具体的接続方法・操作方法、使いこなしテクニックなどとなっています。
adresを理解するにはちょうどよい内容で、現在では貴重な資料としても価値があります。
このadres bookにはいくつかのバージョンが存在するらしく、今のところAD-3発売後に発行されたものと、AD-4/AD-2発売後に発行された2種類を確認しています。




初期の頃のadres book




後期の頃のadres book




内容の例(初期版)




2, ソノシート

アナログレコードが全盛の頃は、この片面再生の薄いペラペラのレコード"ソノシート"が、雑誌・書籍の付録や宣伝に付いていたものです。
アナログレコードがほぼ消えてしまった今となっては、"ソノシート"という単語を知っている人の方が少ないでしょう。
さて、1981年(?)から、adresディスクというものが発売されました。
これはadresエンコードされたレコードをadresユニットを経由して再生すると、再生段階で現在のCD並のダイナミックレンジを確保することができ、かなり話題になったようです。
そのため、後期のadresユニット(AD-2Mk IIとAD-4Mk II)や、Aurexのカセットデッキ(PC-X88AD / PC-X46AD / PC-X25ADなど)にはadres Discモードが付加されていました。
adresディスクを正しくデコードするには、adres基準レベルを合わせる必要があるため、その調整用信号が収録されたソノシートがAD-4 Mk IIに付属していました。
使い方は、ソノシートを再生してアドレスユニットのレベルメーター(あるいはインジケータ)が-3dB(=アドレス基準レベル)になるよう入力レベルボリュームを調整します。調整が終わったら、adresディスクをアドレスユニットでデコードして再生します。



レコードプレーヤーやレコード針を交換しない限り、通常は最初の一度だけ基準レベルを合わせればOKなので、そのボリューム位置を記録できるよう、adres Disc対応のAD-2 Mk IIとAD-4 Mk IIの入力レベルボリュームには目盛りの付いたリングが付加されています。
これをadres Disc基準レベルの位置に合わせておけば、カセットテープ録音の際に入力レベルを変えても、adres Discを使って再度レベル合わせすることなく、目盛り位置に合わせるだけでadres Disc基準レベルに戻せるという配慮だったのでしょう。



3. adres ディスク

adresディスクの音質への評価は高かったものの、対応が東芝系列の東芝EMI 一社のみでは如何せん不十分でした。
当時発売された3枚のアルバムと、adresディスクのノイズ測定データを掲載します。


 "春の祭典"冒頭部分のサンプルサウンドが第5章で試聴できます。




春の祭典のレコード面です。
adresロゴが追加されていますが、普通の人は気付かないでしょう。



レコードジャケットです。
帯にadres専用と記載されてますが、それ以外は同じです。






adresロゴ部分の拡大写真です。



レコードジャケットの中には、adres及びadresディスクの解説が入っていました。
説明自体は一般的に見るadresの解説と何ら違わないものですが、adresディスクを購入する人にadresの技術を説明するのは、あまり意味がないように思うのですが。(adresユニットを持ってる人に技術解説は不要ですよね・・・・?)







こちらはロジェ・ワーグナー合唱団のレコード盤です。
これも空きスペースにadresのロゴを押し込んだ感じです。




レコードジャケットです。
春の祭典と同様に、レコードジャケット上部と帯にadresのロゴが入っているだけで、一般的なレコードと差異はほとんどありません。




ジャケット上部の拡大写真です。
音質はともかく、「アドレスシステム専用レコード」は客層が限られ、しかもそれほど売れなかったのでしょう。春の祭典もロジェ・ワーグナー合唱団のレコードも、未使用新品が手に入りました。
普通のレコードプレーヤーで再生できないため、死蔵品になってしまったのが幸いしたようです。




 adresディスクの特性表です。
 平均して約20dBノイズが低減しています。
 実際の聴感上でも、曲間のノイズが大幅に減っているのが分かります。





4, 謎のFMモード

当方が所有するAD-4 Mk IIには、ライン切換えスイッチにFMモードがあります。
これ、FMのMPXフィルターONの意味で、一般に出回っているAD-4 Mk IIは全てMPX-ON(FM)と表記されています。
ウチのAD-4Mk IIは中古で入手したので、以前の所有者が文字を削ったのかとも思ったのですが、細部を調べても文字を削った形跡はなく、しかも"FM"の文字位置に不自然さがなく、最初からそのように表記することを前提にしていた感じです。
別のAD-4Mk IIオーナーさんからの情報によると、取扱説明書表紙裏のユニットの写真はFM表記で、本文中の絵や説明文にはMPX ON(FM)表記となっているとのことで、表記の統一に関して何らかの混乱があったように思われます。



本来の表記( MPX-ON(FM) )




所有機(単にFMとだけ表記)




本体にはMPX-ON(FM)と表記されていても、取扱説明書はFM表記となっている。(文字がつぶれて判読しにくいですが、確かにFM表記になっています。)



姉妹機・オンキョー NR-5 の表記は FM(TV) となっています。




5, AD-4 Mk IIの色

歴代のadres unitは、AD-5・AD-3・AD-15Kを除くと、全てシルバー色ですが、AD-4 Mk IIは他機種のアルミニウムシルバーと異なり、白っぽいシルバーに変更されています。


上からAD-3S、AD-2、AD-4 Mk II。
AD-4 Mk IIが他の2台に比べて白っぽいのが分かるでしょうか?




6, AD-4のメーター

AD-4とAD-4 Mk IIでは、adres discモードの他に、もう1つ変更点があります。
それはMk IIのメーターを、同時期に発売していたカセットデッキと同じように、直線式にしたのです。
普通メーターは針の動きに沿って放射線状に目盛りが振られるものですが、直線式になったおかげで非常に精悍なイメージとなりました。

AD-4 のメーター


AD-4 Mk II のメーター


カセットデッキPC-X88AD のメーター



7, Aurex以外のadres unit

ご存じない方もいらっしゃると思いますが、本家のAurex(東芝)以外からも、adres unitは発売されていました。
機能とデザインから察するにOEMと思われますが、デザインにそのメーカーの特徴がよく表れていて興味深いです。
詳細は「全機種リスト」のページへ。



8. adresミュージックカセット

adresエンコードされたレコードだけでなく、ミュージックカセットも発売していました(1巻2800〜3000円)。
発売元は系列の東芝EMIからで、ニューミュージック・ジャズ中心のラインナップでした。
左写真は、そのカタログ(パンフレット)表紙、右はラインナップです。
その後どのような展開になったのか、資料がないので何とも言えないのですが、adresの高音質を活かすことができるのはむしろクラシック系統であり、ポピュラーミュージックのリスナー層にadresの特長をアピールすることができたかどうか、疑問ではあります。

  




ラインナップの1つ「北村英治・ウィズ・コンコード・ジャズ・オールスターズ」のテープです。
adresロゴが非常に目立つデザインです。
知らない人が見たら、新しいレーベル会社かと思うでしょう。(笑)



裏面です。
曲目自体は有名なスタンダードナンバーばかりです。



テープ本体です。
当時、AurexブランドのカセットテープはTDKのOEM製品でしたが、これもADを使っているのでしょうか?



普通なら楽曲解説だけですが、さすがにadresの技術解説が長々と記載されています。
実際に聴いてみましたが、ヒスノイズがほとんど聴取されず、CDがなかった当時としては画期的なものだったと思います。


テープ提供:瑞鶴さん(いつもご協力ありがとうございます)



9. adres キャッチコピー


まだadresが何たるか、認知されてない初期の頃です。
AD-3が発売された頃に使われていました。


AD-2の頃になると、キャッチコピーは「アドレス。静寂に見る、透明な音の輪郭。」という、ちょっとシャレたものになりました。東芝だってその気になれば気の利いた宣伝文句ができるんです。




・・・と思ってたら、次第に「アドレスinでデッキ新時代」という、センスのかけらもない安直なものに変わってしまいました。うーむ。



末期では他NR方式を意識したのか、音質勝負のキャッチコピーが使われるようになりました。
なお、左右で色が違うのは、背景の模様がたまたまこうなっているだけで、こういう色使いがされていたわけではありません。念のため。




10. 新adres IC

1982年末に発売された、アドレス内蔵カセットデッキ(PC-G90AD)のカタログによると、従来のadres IC(TA7605AP)に代わり、レベルセンサー部の動特性に改良を加えた新型IC(TA7677P)が開発・採用されていました。
これは、同年に発売されたCDに対応した、いわゆるデジタル対応の一環でしょう。
残念ながらこのICが採用されて間もなく、東芝はadresからドルビー方式に転換することになり、それと共に新adres ICも消えていくことになりました。

新型adres IC 外観


旧ICと新型ICの過渡特性比較です。





11. adres Demo テープ

adresデッキ・PC-X60ADに付属していたadresのデモテープです。
音声ガイドに従ってadresをON/OFFすると、adresの効果を体験できます。



adresロゴを大きく打ち出したデザインです。
周波数特性のグラフも配してます。




デモサウンドは4曲収録されています。
しかし中途半端な長さと選曲で、adresの効果を十分に発揮できているとは思えない内容です。




テープはクロームを使っています。
Aurex(東芝)はクロームポジションをAX、メタルをMXと呼んでいました。
しかし25年以上前のクロームテープ(1979年)なので、今のクロームとは雲泥の差があります(AUREXはTDKからOEM供給を受けていたはずなので、中身は当時のSAクラスと思われます)。
なお、B面はブランクで何も収録されていません。



12. ADRES-C

16mmフィルム映画の音声多重化技術として、横浜シネマ現像所とNHK総合技術研究所が共同開発した光学録音システムが1979年に制定されました。
しかしステレオ音声時の記録トラック幅は、モノラルトラック幅(1.52mm)の半分以下である0.635mm(片チャンネル)になり、SN比やダイナミックレンジに厳しい制約が生じました。そこで、adres の技術を基に開発されたのがadres-c (Automatic Dynamic Range Expansion System for Cine-film) です。
基本的な動作原理はオーディオ用adresと同じで、記録媒体であるフィルムに特性を調整して、見かけ上のダイナミックレンジを拡大し、ノイズを低減させています。


入出力特性

 オーディオ用adresと比較すると、周波数帯域とレベルによって特性を細かく変えているのが分かります。







可変エンファシス

 音声トラックの制約の厳しさからか、エンファシス量がかなり抑制されています。



上段:入力エンファシス特性


下段:出力エンファシス特性







専用ICの開発

 少ない部品点数で安定度の高いシステムを実現するため、TA-7652Pというadres-c専用ICが開発されました。
 このICにはVCA回路・信号検出レベルセンサ・エンコードデコード切り替えスイッチ・プリアンプを含んでいます。


adres-c の効果

 ノイズレベル
 低域(100Hz)で約10dB、中域で10dB、高域(10kHz)で約12dBのノイズ低減効果が得られます。

 ダイナミックレンジ
 100%変調時に中域で2dB、高域で6dBのピークマージンを稼ぐことができます。
 ノイズレベルも低下しているので、総ダイナミックレンジは12〜18dBも拡大します。

 チャンネル間クロストーク
 再生時に信号を伸長するため、再生系でのクロストークは約10dB改善します。



adres-c の効果の例

上段:adres-c OFF

下段:adres-c ON


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